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僕の中国語仕事歴 中国語を仕事で活かすには?

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中国語を学んでいる時は、どうやったらペラペラになれるかということだけに目が行きがちです。

高校を卒業後、専門学校から留学と、ひたすら中国語だけを学び続けてきた僕は、就職してはじめて「中国語を仕事でどう活かすか」「中国語を使って何をするか」という視点がぬけていたことに気がつきました。

もっと早く目的意識を持っていれば、よりスムーズな人生を歩めていたかもしれません。本日はそんな僕の教訓をご紹介します。

中国系企業に入社してカルチャーショックを受ける

中国内モンゴル留学から帰国した僕は、飯田橋にある日中学院中国語本科研究科で中国語の通訳と翻訳を学ぶことにしました。

授業は1年間の課程でした。卒業後は、中国で日本製機器を代理販売している中国系商社に就職することになりました。

入社してすぐに、訪日した中国のお客様がメーカーで研修を受ける際の通訳や観光案内などのお客様のお世話係を担当しました。

様々なお客様のアテンドをする仕事はとてもやりがいがありました。

中国ではレストランで食べきれないと、持ち帰る習慣があります。これを中国語で「打包(ダーバオ)」と言います。

中国人の社長と一緒にお客様と会食することが頻繁にありました。

レストランで食事をして、少しでも食べ残りが出ると必ず、社長は、毎回僕にそれを持ち帰えらせました。

若かった僕への気遣いだということは理解できました。当時の僕はそれをうまくお断りすることもできず、それを好意として受け止める度量もありませんでした。

夜、お客様が宿泊しているホテルの一室に金一封を届けに行かされたこともありました。

「あれだけ中国語を一生懸命勉強したのになぜ?」「こんな仕事をするために頑張ってきたのか。」

今は考えると、当時の自分はなんて未熟だったのだろうと、とても恥ずかしく思えます。

中国語を学んできたのに関わらず、中国の習慣に対する理解も不足していました。

残念ながら、その会社はたった10ヶ月で退職してしまいました。

中国語を使ってどんな仕事をしたいか考える。

中国系商社を退職したときは、もう二度と中国には関わりたくないと思っていました。

中国語を使う仕事をすることを目標に何年間も費やし、目標は達成したもの「何かが違っていた」のです。

その「何か」がわからないまま、もやもやした気持ちで失業生活を過ごしました。

半分引きこもりがちになっていた時期もありました。

ただ結局のところ、僕ができることは中国語しかなかったのです。

大久保の日本語学校でアルバイトをしながら、中国語を使って何をするか考えた末、職業訓練校で貿易について勉強することにしました。

卒業後千葉県の小さな貿易会社に入社しました。

中国からの物流ルートを決めたり、輸入通関や海外送金の手配をする貿易事務の業務を担当しました。

中国語を活かしてものづくりの仕事をする。そこで靴下と出会う。

貿易会社で数年勤めた後、3社目となるぬいぐるみメーカーへ転職しました。

戦後から高度成長期にかけて日本国内で自らが工場を営んでいた関係もあり、国内外を問わずお取引先工場との関係をとても大事にする会社でした。

こちらの会社で9年間勤めたうちの前半はぬいぐるみの生産管理、後半は中国語を活かした、ぬいぐるみ以外の新規商材を製造する工場に発掘と立ち上げに携わりました。

2008年に上司から命じられて中国で靴下工場を探したのが、自分が「靴下」に出会ったきっかけになりました。

靴下のお仕事に携わる中で出会った、中国と台湾の工場が、今僕が経営している靴下メーカーのパートナーとなっています。

ぬいぐるみメーカーとの出会いがなければ今の自分もありませんでした。

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語学を使って何をしたいかを考える

語学とはコミュニケーションの道具です。できれば早めに語学以外で自分が得意なこと、やりたいことを探すように意識をしておくとその後の展開が違ってくるかと思います。

今は、昔よりネットが発達しているので、もし語学以外で、ちょっとでも興味がある分野があれば、Twitterをやったり、ブログを書かれることをおすすめします。

長く続けていると、少しづつ自分が見えてきます。やりたいことも見つかるかもしれません。

僕の場合は、中国語を学びはじめる前は、ゲームばかりやっていたので、中国語以外は何もありませんでした。

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そのうえ、中国留学から帰国したときは、中国語も上達し、中国語さえ喋れれば、輝かしい未来しかないと勘違いをしていたので、初めて社会人として働いたときのギャップがなおさら大きかったのかもしれません。

15年間中国語に携わるお仕事をして、やっとのことで出会ったのが靴下でした。

もう少しアンテナを高くはっていれば、遠回りをする必要もなかったのかもしれません。

こんな僕の教訓が少しでも皆様のお役に立てるようですととても嬉しく思います。

 

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