靴下製作 製造工場

台湾靴下製造工場の紹介

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こんな方におすすめの台湾靴下工場

  • ハイブランド靴下のOEM製造を検討している
  • 中国以外の国での靴下の製造を考えている
  • デザインにこだわった靴下を製造したい

靴下職人が経営する私たちの台湾靴下工場とは?

台湾工場の社長は、1980年に靴下工場を開業しました。靴下の編機一台を購入して、自らが機械を操作してサンプルを製作して客先に売り込むところからのスタートでした。

以来40年間自らが編機を操作して、様々な靴下を製造してきました。現在も夜中に機械の前に立って開発に没頭しています。

「履くためにあるのが靴下」社長の口癖です。履くことを第一に考え、見えない細部まで徹底的に探求をしながら靴下の製造に取り組んできました。

柄、色数などデザイン性を保ちつつ、履き心地がよく、長持ちする靴下を製造する技術力が台湾工場の強みです。

「余計なことに気を煩わせたくない」「靴下を作ることだけを考えていたい」

社長が靴下を奥深く探求し続ける理由は、靴下作りを愛してやまないからです。

靴下を作ることが好きでも、売ることも好きだとは限りません。ビジネスなので開発をお金に繋げなければなりませんが、お金に繋げるための仕事をするのが煩わしいのです。

営業をする時間があれば、靴下を作っていたいというのが、社長の本心なのかもしれないと思うことがあります。

彼らの目線は、は靴下作るという一点にだけに向けられています。

優れた靴下を製造するための思想が工場全体に行き渡っており、工場そのものが社長が40年間かけて作った作品のように感じられます。

靴下の編機をゆっくり回す。効率より品質を優先する考え方

靴下の裏側には、白く細いゴムが入っており、靴下の伸縮をつくる役目をしております。

編み込みでデザインを作る場合は、ゴムの色は白でなければなりません。ゴムが「白引き」の役目をするからです。

「白引き」はプリント用語になりますが、デザインなどの柄を入れる「編み込み」にもあてはまります。

印刷の場合は、印刷する箇所のみに白引きをしますが、靴下の編み込みの場合は、靴下本体の下に白い糸が入っているので、ベースカラーが濃いと、ゴムの白が靴下の表面に出やすくなります。

白引き印刷とは、希望する色を印刷する場所の下に先に白を印刷しておくことです。

素材との混色を防ぐ為には、印刷する前に、隠蔽力のある「白」を印刷します。
その白インクに重ねて希望の色を印刷すれば、ある程度混色を防ぐことができます。

黒などの濃色は、白色を下地として印刷しなくても黒色に見えますが、淡い色のピンク色や
黄色や水色などには下地に白引きすることが必要になります。

台湾靴下工場の編機を回す速度は、中国工場の3/2〜半分程度に抑えています。

編機の回転数を遅くすることで、網目が細かいデザインも綺麗に仕上がります。時間がかかる分は、編機の台数を増やすことで対応しています。

「靴下は美術品じゃない履くものだ」台湾靴下工場社長の口癖です。細かいデザインの再現と、靴下のはき心地を両立させる技術力が工場の強みです。

小学校一クラスほどの工場規模

台湾靴下工場では、日本の小学校の一クラス分ほどの工員が仕事をしています。

検品ラインには「不良品」と書かれた箱が設置されています。良品と不良品が混ざらないようにするためです。

箱の中を覗いて見ると、厳しい基準で検品されていることがよくわかります。

検品ラインで出た不良品の状況を、生産ラインに報告をし、次回の生産で不良箇所を改善します。品質を向上させるための仕組みができているところに、職人気質の社長の考え方が見て取れます。

台湾靴下工場との出会い

私が台湾工場と出会ったのは2010年のことでした。当時、私はファンシー雑貨メーカーで「生産管理」や、新規工場を発掘する「仕入れ」の仕事をしていました。

靴下との出会いは、上司から命じられて、中国で靴下工場を探したのがきっかけでした。社内のデザイナーと二人三脚でキャラクター靴下の開発に取り組みました。

中国工場で色数の壁につきあたり、対応ができる工場を探すなか、台湾工場と出会いました。

売場に靴下を出してからの評判もよく、業績拡大に伴い工場へ訪問する頻度も多くなりました。

靴下職人の社長から靴下や人生についての考えかたを学ぶ

台湾に出張するときは、近くの安宿から毎朝工場に通いました。

午前中はサンプル室で事務作業をし、日中は工員のおばちゃんたちと一緒に検品をしたり、製造ラインを回って過ごしました。

夜は社長と話をしました。深夜人が寝静まるころに一人で、靴下の編機に向かい合うのを日課にしている社長は夜型人間です。

眠い目をこすりながら、社長と夜な夜な話をするなかで、靴下や人生について教わりました。社長の言葉ひとつひとつが、私の心に刻まれていきました。

なかでも最も印象に残っているのが、「ものづくりをする人間は、自分でものを見てきちんと消化してから、お客様と接しなければならない」という言葉でした。

ものづくりを仕事にすることは、あくまでも「モノ」が起点になります。「モノ」を介さずに、いくら綺麗な言葉を並べてみたところで、肝心の靴下がたいしたことがなければ、全てが無に帰します。

「モノの良し悪しを、自分できっちりと把握したうえで、お客様と接する」今でも私は、社長から教わったこれらの言葉を、忘れないように仕事をしています。

台湾靴下工場のおばちゃんに言われてうれしかったこと

3週間ほど工場に滞在して、毎日おばちゃん達と一緒に生産ラインで検品をしたこともありました。

待った無しの納期で、土日も正月もなく来る日も来る日も検品をする日々でした。この時工場に助けてもらわなければ、どれだけ会社に迷惑をかけたかわかりません。

残業につく残業で、なんとか無事に乗り切ることができました。

起業してから、特にここ数年は、休日に工場へ行き、社長と打ち合わせをして帰国することが多かったのですが、先日久しぶりに平日に工場に行きおばちゃん達の顔を見ることができました。

あいかわらず同じ顔ぶれでした。あるおばちゃんが私に言いました。「あんたとつきあってもう10年目だね」

工員のおばちゃんが、私が工場とつきあってきた年月を覚えていてくれたのは、たまらなく嬉しかったです。

工場の顧客リストにおいて、弊社の名称は「ブリングハピネス」という会社名ではなく、私の名前である「耕平」です。

私のオーダーは、「Koheiのオーダー」と呼ばれています。

お客様から頂いたオーダーを、工員のおばちゃんたちが、一足一足、心を込めて検品をしてくれていると思うと、それだけで暖かい気持ちと安心感に包まれます。

現在の私たちと台湾靴下工場との関係性とは?お互いに補いながら生き残り戦略を模索する

60代の前半になる、社長には一人息子がいます。現在彼が工場長を務めています。

息子も父親に似て、職人気質です。もしかしたら父親以上かもしれません。

職人気質におたく気質を加えたような「靴下マニア」です。以前僕が工場に滞在していたとき、深夜に生産ラインを見にいくと、

「うひひひ」嬉々として笑いながら、編機に糸をかけていました。

彼が作るキャラクター靴下は素晴らしいです。ある有名なキャラクターアミューズメントパークのバイヤー様からお褒め頂いたことがあるくらいです。

ただ親子共々靴下を作ることを最重視しているため、展示会への出展や自ら売り込みをすることがあまり好きではありません。

台湾で日本向けに靴下を製造している工場数社の中で、技術力や工場設備も一二を争うくらいなのに、知られていません。

私が起業したばかりの頃、お手伝いの一環で、工場の名刺を持って、営業に回ったこともありました。大口顧客の確保に成功しましたが、厳しい工場監査に不合格になるなど、楽な道のりではありませんでした。

二度目の監査で合格して軌道に乗ったところで、靴下メーカーである自社の事業に集中することにしました。

当時の工場製造ロットが1200足からでしたので、小ロット生産を謳う弊社は、なかなかオーダーを入れることができませんでした。

今思うと、編機をゆっくり回して、効率より品質を最優先する工場にとって、小ロット生産のハードルが高いというのも理解できます。

なぜ500足で製造ができるようになったか

2018年から500足〜製造してもらえることになり、台湾工場に発注する機会が増えました。

最も大きかったのは、島精機製作所さんのデザインシステム「SDS-ONE APEX3」の導入でした。

バーチャルサンプルを製作することにより、サンプル製作回数を圧縮し、小ロットでも工場に非効率を感じさせないようにしました。

500足で製造ができるようになり、弊社のオーダーも大幅に増えました。

工場を息子の世代に紡ぐお手伝いをする

「デザイナーやクリエイターの様々なデザインと想いをのせた、履く人に潤いを与える靴下をつくり続ける」ことが私たちのライフワークです。

複雑な柄を再現し、かつ履く人に潤いを与える、はき心地のよい靴下を製造するパートナーは、台湾工場以外に考えられません。彼らのものづくりに対する考え方は、私自身と共通するところがあります。

そのようなかけがえのないパートナーを再度見つけるのは容易ではありません。工場社長は今年65歳、息子は41歳になります。

工場を息子の世代に紡ぐお手伝いをすることが、目下の私たちの最重要項目です。

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  • この記事を書いた人
岩村 耕平

岩村耕平

合同会社ブリングハピネス代表。台湾靴下工場と一緒に「靴下ブランドを立ち上げたい」デザイナー、クリエイター、D2Cブランドを製造面で徹底サポート。工場の強みは細かなデザインの再現とはき心地の良さを両立させる技術力。起業してからの7年間で、数多くのブランドの靴下製造を手がける。バーチャルでサンプル製作が可能な島精機製作所デザインシステムを使用。JR東小金井高架下と秋葉原が拠点。雨と雪の日以外の都内移動は全て「自転車」を使用。既成観念にとらわれず最適な場所と時間を選んで仕事する「環境に依存する」働き方を模索中。

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