プロフィール

岩村耕平のプロフィール

岩村 耕平(いわむら こうへい)
ブリングハピネス 代表

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中国、台湾の靴下工場と一緒にオリジナル靴下のOEM製造業を営んでおります。中国、台湾工場と共に歩いて今年で9年目。(2018年現在)工場との信頼関係が、最大の財産。

得意分野

キャラクターやアパレルブランドなど、デザインで付加価値をつけるオリジナル靴下の製造。

2017年の8月に、島精機製作所さんが開発した、デザインシステム「SDS-ONE APEX3」を導入。

こちら、サンプルを製作することなく、イラストレーターで作成したデザインを、靴下に編んだときの編目や色へ変換し、バーチャル上でシュミレーションすることができるシステム。

サンプルを製作するのと同じような画像を製作することができ、サンプルを製作する前の段階で、靴下が出来上りイメージを確認可。

島精機製作所さんのデザインシステム「SDS-ONE APEX3」を使用して靴下のバーチャルサンプルを製作する流れとは?

2017年の8月末に島精機製作所さんが開発した、デザインシステム「SDS-ONE APEX3」を導入しました。 サンプルを製作することなく、イラストレーターで作成したデザインを、靴下に編んだときの編目 ...

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お取引の実績

キャラクター版権を持つ、ファンシー雑貨メーカーさんのキャラクターソックス。

代官山、名古屋、東北およびWebで店舗展開をしている、子供向けアパレル雑貨メーカーさんのベビー、キッズソックス。

大手製薬会社さんのノベルティ用のはらまき。コンサートで販売する、アーティストグッズなど多数。

経歴

1972年9月26日 東京都練馬区(大泉学園)生まれ
東京都練馬区(練馬高野台)育ち

中国とのつきあいは、今年で28年目。靴下工場とのおつきあいは、中国9年目、台湾8年目。

1991-1993年 

光栄のシュミレーションゲーム三国志にはまったことがきっかけで、高校を卒業後、三鷹市にあるアジアアフリカ語学院中国語学科に入学する。

2回目の1年生の夏休みに、友人に誘われて中国旅行に行く。上海で友人に見捨てられ、一人で新疆ウイグル自治区カシュガルまでたどり着き少し自信をつける。

1993年

成績不振のため、アジアアフリカ語学院を中退。(1年生を2回やったが卒業ができず)

中国に旅に出る。神戸→天津→北京→西安→ウルムチ→成都→昆明→大理→シーサバンナ→西安→上海→帰国

僕と中国語 愚直に学び続けることが大事なかもれない

私は、「三国志」のゲームにのめり込み、吉川英治さんの小説三国志を読みはじめたのが中国語を学ぶきっかけでした。 それが18歳の時ですから、今日まで28年間も中国語と付き合ってきました。 「勉強は不得意だ ...

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1994-1997年

遊牧民に憧れて、中国内蒙古自治区省都フフホト市にある内蒙古師範大学で2年半モンゴル語と中国語を学ぶ。

1998-1999年

中国留学から帰国後、飯田橋にある日中学院研究科で、中国語の通訳翻訳技術を1年間学ぶ。

1999-2000年

中国長春本社の日本製医療機器輸入メーカー 主な業務は、自社技術者及び中国病院関係者の来日アテンド及び通訳。

2001-2003年

販促品輸入商社 主な業務は日本輸入に伴う貿易業務。L/C開設、T/T送金などの銀行業務と国際物流業務を担当。

2004-2013年

ぬいぐるみが中心のファンシー雑貨メーカー。仕入部門に配属し、納期、品質管理及び中華圏における新規工場開拓業務を担当。工場との付き合い方や、品質についての考え方を学ぶ。

靴下の新規事業立ち上げに携わったことがけっかけで、中国、台湾工場と出会う。

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僕の中国語仕事歴 中国語を仕事で活かすには?

目次1 中国系企業に入社してカルチャーショックを受ける2 中国語を使ってどんな仕事をしたいか考える。3 中国語を活かしてものづくりの仕事をする。そこで靴下と出会う。4 中国語を使う仕事をしたい方に参考 ...

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2013年〜

中国浙江省杭州市の靴下メーカーで、対日営業。自社のAlibaba Japan Siteの問い合わせ窓口、テレアポでの新規開拓業務を担当する。

2014年に立ち上げの自らの靴下メーカー「ブリングハピネス」が軌道に乗ったので、2016年夏を最後に営業職から引退。

現在は、中国人社長来日時のアテンド通訳や広告宣伝など、黒子として総務的な業務を担当

2014年〜

靴下の製造メーカー「ブリングハピネス」経営

工場との関係性について

中国靴下メーカー

中国靴下メーカーの社長は元大学の教師。当時中国浙江省杭州市の靴下工場で勤めていた奥さんに勧められて起業した。

社長との付き合いは、2009年〜、来年で10年目になる。2013年から2016年の夏まで彼の会社の営業職を担当。

初めはトラブル続きで、電話口で大泣きしながら、社長と話し合ったこともあった。

その甲斐あってか、2014年から急成長。2017年には、150万USD(日本円1億7千万程度)売り上げるまでになった。

会社の業績安定に伴い、2016年に営業職を引退し、2014年に立ち上げた自らの靴下メーカーブリングハピネスの経営に専念。

現在は、中国人社長来日時のアテンド通訳や広告宣伝など、黒子として総務的な業務をお手伝い。

2019年〜バッグ事業の新規立ち上げに携わる予定。

相互に支援し合うバーター取引に近い関係性を保っている。

靴下製造業をなりわいにする僕と中国靴下工場社長のパートナーシップとは

「桜なんて見てる暇なんてどこにあるっていうんだ」 2014年の春先に2回目の来日をした社長を桜見物に誘ったときに言われた言葉です。あれから4年がたちました。僕らが本格的に一緒に仕事をするようになったの ...

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台湾靴下工場

台湾工場は、1982年に設立し、創業46年になる。社長は60代前半。後継の息子は30代後半。

台湾工場との付き合いは、2010年〜、前職のぬいぐるみメーカーに勤めていたときとってもお世話になる。

そのときの恩返しとして、2014年〜対日営業のお手伝いをする。

2016年中国工場営業職と同時に営業職を辞し、ブリングハピネスの経営に専念する。

台湾工場の最低生産数量が1200足〜だったため、なかなかお取引ができない状況だったが、2017年8月に島精機製作所デザインシステムの導入がきっかけで、500足〜製造してくれることになる。

2018年から取引を再開。台湾工場の品質は、日本国内靴下工場と比較しても遜色がないため、ミドルからハイエンドの商材を製造するときに、お願いしている。

陸王のこはぜ屋みたいな台湾靴下工場

2017年10月期の日曜劇場で放送された作家池井戸潤さん原作のドラマ「陸王」を見られたという方も多いのではないでしょうか。 僕が陸王を見て最も印象に残っているのが、足袋工場こはぜ屋を訪れた銀行員が、工 ...

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活動拠点

  • 中央線東小金井駅高架下にある「PO-TO」店舗兼オフィス

2015年に、東京都小金井市の施設、東小金井事業創造センター「KO-TO」に入居。事業創造センターという名前のとおり起業家を育成するためのインキュベーション施設。

KO-TOさんのホームページに僕が創業するまでの創業ストーリーのインタビュー記事を載せて貰ったり、創業体験を講演する機会を頂いたり、とってもお世話になる。

「日曜日がいらない」ひとりメーカーブリングハピネス

講演会 多摩信用金庫さん主催の、多摩で創業をめざす方のための交流会「ブールム交流カフェ」にて創業体験の講演をする機会も頂いた。

第108回 ミニブルーム交流カフェ 日本クオリティを実現する靴下のOEM製造とは?〜中国工場とのパートナーシップの作り方。

現在はお隣のPO-TOに入居中

中央線東小金井駅高架下(けやき保育園正面)にキャラクター靴下のお店を作ってみた。

弊社店舗は、中央線東小金井駅から徒歩5分のけやき保育園の前にある長屋のようなシュアオフィスPO-TOにあります。 PO-TOの個室は、路面に面しており、事務所や店舗として使用することができます。 6平 ...

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座右の銘

  • 継続は力なり
  • 良いことも悪いことも、必ず始りと終わりがある
  • 値段が高いものには高い理由があり、安いものには安い理由がある

趣味

  • 読書 (好きな本 北方謙三 三国志、真田太平記、大地の子、遊牧夫婦、まんが道、岳など)
  • ゲーム(信長の野望、三国志などのシュミレーションゲーム)
  • サイクリング(TCR2008と折りたたみ自転車Birdyを保有)

 

 

投稿日:2017年1月19日 更新日:

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