日本100名城スタンプラリー

日本百名城スタンプラリーのスタンプを押しに長野県の松本城に行ってきた

投稿日:2018年8月11日 更新日:

日本百名城スタンプラリーのスタンプを押すために松本城へ行ってきました。

午後早い時間に商談を入れて、お城に立ち寄ってから帰途につくのが、いつものパターンです。

松本市内での商談を終えて、折りたたみ自転車bridy(BD-1)のペダルを漕いで3kmあまり、松本城にやってきました。

日本100名城スタンプラリーとは?

「日本100名城に行こう」という本があります。

巻末にスタンプ帳がついており、全部集めて、公益財団法人日本城郭協会に届けると、登城認定者として認定を受けることができます。

2017年末現在1931人が認定されました。

「日本百名城に行こう」こちらで詳しく紹介されています。

松本城の日本百名城スタンプ設置場所は

松本城の日本百名城スタンプの設置場所は、敷地内の松本城管理事務所内にあります。

家紋が入っている灯籠が左右に設置されている、橋を渡ってお城の門をくぐると、広い庭園が現れます。お庭の先には松本城塔城口があります。

正門の前にチケット売り場がありますが、チケットは、松本城に搭城するためのもので、敷地内には無料で入場できるようでした。

正門を入ってすぐにお土産屋さんや休憩処があり、スタンプがある管理事務所はその並びにあります。写真の地図でいうと⑦が管理事務所の位置になります。

松本城の前身は深志城だって知ってました?

先日、大田区の「お城のジオラマ鍬匠甲冑屋」さんを訪問したとき、松本城の前身が深志城であるということを教えて頂きました。

「海津城の下にある武田の城ですね。そうだったんですね」

深志城と聞くだけで、かなり親近感が湧いてきました。

戦国時代の永正年間(1504-1520年)に、信濃守護家小笠原氏(府中小笠原氏)が林城を築城し、その支城の一つとして深志城が築城されたのが始まりといわれている。

天文年間には甲斐の武田氏による信濃侵攻が開始され、天文19年(1550年)7月15日には林城・深志城などが落城し、信濃守護・小笠原長時は追放された(『高白斎記』)。武田氏は林城を破却して深志城代として馬場信春を配置し、松本盆地を支配下に置いた。

「うーむ。あの武田3代に仕えた馬場信春が深志城城代を務めていた時期もあったのか。」

僕が自転車で日本百名城巡りをする理由とは?

知らない街を、自転車で走ってみると、今までGoogle Mapの地図の世界でしかなかったものが、風景として脳内に刷り込まれます。

現地の企業への訪問や目的地に至るまでの移動、初めて行くのカフェやコワーキングスペースでパソコンをひろげて仕事をすることは、まさに旅そのものです。

そこに、百名城を訪問してスタンプを取得するという目的を加えると、さらに旅が充実したものになります。

僕らは、日本全国津々浦々に根をはるように、小さな縁をつくりながら仕事をしていきたいと考えています。

日本百名城スタンプの数は、僕自身が、どれだけ仕事を作れたかを証明する成績表にもなりうるのかもしれません。

長野県松本市内のワークスペース

先日長野県の松本へ出張に行ってまりました。 遠方での商談は、交通機関の遅れなど万が一を考えてスケジュールを組む必要があるので、どうしても隙間時間が多く発生しがちです。 「出張で松本へ行く予定がある」 ...

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